思考のよせなべ

清水喜文ブログ

「漁師と金持ち」のその後

 

【第一幕 漁師と金持ち】

 

 ある島の美しい浜辺。

 ひとりの漁師が、海を眺めていた。

 

「失礼だが…」

 ふいに声がかけられる。

 振り返ると、身なりの良い男が立っていた。

「何か用ですか?」

「いや、用というわけではないのだが…」

 ちょっと気になってね、と男は近づいてきた。

「まだ明るいのに、あなたはここでのんびりしている」

「いけないかね?」

「いや、いけないわけではない。だが…」

「なんだい?」

「見たところ、君は漁師だろう?」

「ああ」

「ここの海は魚が豊富だ。頑張れば、たくさん獲れるだろうに」

 もったいない、と男は言う。

「家族が必要としている分を獲れればいい。たくさん獲る必要はないよ」

 

「たくさん獲って売ればいい」

 そう言って、男は漁師の横に腰かけた。

「売ってどうする?」

   漁師の質問に、男は目を見開いた。

「金を得るんだよ」

「金を得てどうする?」

 なおも漁師は尋ねる。

「大きな漁船を買い、人を雇うんだ。そうすればもっと獲れて、もっと金が手に入る」

「もっと金を手に入れて、どうする?」

「さらに多くの漁船を買って、最終的には漁船団をつくるんだ。億万長者も夢ではないよ」

「億万長者になってどうする?」

「リタイアして、好きなことをすればいい」

「好きなこと?」

   そうだな、男は目を閉じる。

「私の場合は、南の美しい島で、好きなだけ昼寝をすることだな」

 ああ、それなら、と漁師は微笑む。

「もうしているよ」

 

 「漁師と金持ち」 アレンジ 清水喜文

 

 

【第二幕 変革】

 

「それは違う」

 男は静かに言い放った。

「この海だって荒れる時があるだろう」

「ああ、嵐の時はな」

 漁師は答える。

「そうなったら、漁には行けないだろう?」

「まあな」

「必然的に魚は獲れないよな」

「そうだ」

「そうなると、家族が飢えるだろう」

「……そうだな」

 

「ところで…」

 男は漁師の肩に手を置く。

「君に子供はいるか?」

「ああ、娘が一人」

「まだ小さいのか?」

「5歳だ」

「これからは学歴がものをいう時代だ」

「……学歴」

「高校ぐらいでないと、就職ができない」

「就職? この島にいれば食うに困らない」

「時代は変わるんだ。いつまでも自給自足に頼っていてはいけない」

 自立するんだ、と男は語る。

「……そうなのか?」

「ああ、間違いない。確実に世の中は変わる」

 それに、と男は続ける。

「金持ちになれば、食事や将来のことで、心配することはない」

「……」

「金持ちになってからの昼寝は、今するものよりもずっと良いぞ」

「……なるほど」

   そうかもしれないな。

   そう呟くと、漁師は立ち上がった。

 

 文 清水喜文

 

 

【第三幕 黄昏】

 

 漁師は、海を眺めていた。

 生命のいない海。

 海面には油が浮き、砂浜にはゴミが散乱している。

「どうして、こうなってしまったのだ…」

 ため息を吐く。

 

 二十年前、男に言われて、漁師は立ち上がった。

 家族が必要とする以上の魚を獲り、それを金に換える。

 順調だった。

 数年後には船を大きくして、人が雇えるようになった。

 さらに数年後には、数隻の漁船を取り仕切る大船長になる。

 その頃になると、島の者たちも、漁師のしていることに気づき、彼の真似を始めたが、遅かった。

 漁師はさらなる高みへと、登っていたのである。

 工場を造り、そこで加工した製品の流通までもコントロールできるようになっていた。

 娘は高校どころか、大学まで行かせてあげることが出来た。

 幸せだった。

    ――あの頃は。

 

 美しく、のどかだった海は、漁船団が行きかう戦場へと変わった。

 工場から垂れ流される廃液が、海を汚していく。

 魚は獲り尽され、珊瑚も死んだ。

 自給自足が出来なくなった島民は、都会に出たが、そこでの生活になじめずに苦しんでいる。

 

 娘は卒業すると、家を出て行った。

 彼女は今、NGOを立ち上げて、自然保護を訴えている。

 戦っているのだ、父親と。

 

「私は、決心したよ」

 漁師は瀕死の海に話しかける。

 「私財を投げうってでも、君を元の美しい海に戻す」 

 そして、と漁師は続ける。

 ――家族を取り戻すんだ。

 

 フィクションです。 

 

 文 清水喜文