思考のよせなべ

清水喜文ブログ

できないことだらけの王者

 

 気がつくと、僕は大地に横たわっていた。

 ここはどこだろう、と顔を上げ周りを見渡す。

 だが、見覚えがない。

 ずきっと頭が痛んだ。

 どこかで打ったのだろうか?

 

「お前は誰だ?」

 突然、後ろから声がかけられた。

 振り向くと、毛むくじゃらの動物と目が合う。

「僕は…」と、言ったところで気がついた。

 僕は誰だろう?

 

「私はリスだ」

 毛むくじゃらの動物は、自己紹介をした。

「お前は、見たところ鳥のようだが…」

 羽もあるしな、とリスは続ける。

「僕は、……鳥」

「だが、お前みたいな鳥は初めて見た」

 有名じゃないんだな、とリスは笑った。

 

 リスと別れた後、僕は湖を見つけた。

 空と雲、それに周りを囲む樹々が、湖に反射している。

「すごく、きれいだ」

 思わず声に出た。

「そうだろう」

 また、突然の声。

 振り返ると、白い鳥が立っていた。

 

「俺はアヒルだ」

 白い鳥は名乗る。

「僕は……、有名じゃない鳥」

 そう答えると、アヒルは吹き出した。

「何だよそれ。面白いぞ」

 

 気に入ったからついて来いと言うので、僕はアヒルに従った。

 彼は、湖に向かってどんどん進んでいく。

 そして、湖に飛び込んだ。

「お前も来いよ」

 水面をスイスイ移動する彼を見ていたら、僕にもできるような気がした。

 躊躇なく、僕は飛び込む。

 ――溺れた。

 

 アヒルが笑っている。

 声をあげて笑っている。

「お前、泳げないんだな」

 さすがに腹が立った。

 助けてくれた恩があるから、文句を言うつもりはない。

 だから僕は、黙って立ち去ることにした。

 

 森を歩いていると、美しい鳴き声が聞こえた。

 見上げると、木立の隙間からこちらを伺う鳥と目が合う。

「君は誰?」

 僕が尋ねると、「ウグイスよ」と返事があった。

「あなたは?」

「僕は、有名じゃなくて、泳げない鳥」

 そう説明すると、ウグイスは笑った。

「面白いね。一緒に歌わない?」

 

 ウグイスが笑っている。

 声をあげて笑っている。

「あなた、音痴ね」

    顔が熱くなるのを感じて、僕はその場から逃げ出した。

 

 「おーい」

 遠くの方から声がした。

 周りを見回すが、誰もいない。

 気のせいか、と歩きかけたところで、また声がした。

「おーい、上だ」

 顔を上げると、鳥が飛んでいた。

「こっちに来いよ」

 その鳥は言った。

「どうやって?」

「どうやってだと? お前は鳥だろう、飛べよ」

「僕には無理だ」

「あ? なんで?」

「僕は何をやっても、できない」

 鳥は黙ったまま僕を見つめている。

 話を続けろと言われているのだ、と気がつく。

「有名じゃないし、泳げないし、歌は音痴だし……」

 

 鳥が笑っている。

 声をあげて笑っている。

「当たり前だろう。お前は鷹だ」

 知らなかったのか、とまた笑う。

「……鷹」

「いいから、羽を思い切り動かしてみろ」

 

 僕は飛んでいた。

 羽を動かす度に、空気が後ろに行くのを感じる。

「気持ちいい」

「だろ?」

「あなたは、何者ですか?」

 鳥は一瞬固まり、その後目を丸くして、それから笑い出した。

「俺も、鷹。お前と同じ姿だろう」

 僕は、僕を見た事がない。

 

 なあ、と鷹は僕を見る。

「鷹が泳げないのはわかる。歌えないのもだ」

 だが、と鷹の目つきが鋭くなる。

「有名じゃないとは、どういうことだ? 鷹は空の王者だぞ」

「リスが、そう言ったんだ。見た事がないと」

 なるほど、と鷹は呟いた後、盛大に笑いだした。

「それはそうだろう。リスが言うのはもっともだ」

「さっきは、鷹は空の王者だと……」

 知りたいか、と訊くので僕は頷く。

「鷹を間近で見て、生きのびたリスはいないからな」

  

 文 清水喜文