ものがたりの種

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ブログで稼ぐは、間違いか

 

あるブログを読んだ。

 

そこには、「ブログで稼ぐ」を批判する記事がありました。

 

何がいけないのだろう?

 

 

本業を頑張れよ、とそのブログは言う。

 

だが……。

 

シャープが大量リストラを行ったのは、記憶に新しいですよね。

 

「シャープに就職すれば一生安泰と思っていました」

 

そう言って、リストラされたある人は肩を落とす。

 

さらに彼は続ける。

 

「私は何十年もこの仕事だけをして生きてきました。次は何をすればいいのでしょう?」

 

 

 

ある日、突然、職を失う日が来てしまった。

 

さらに今後は、人工知能が仕事を奪う時代が到来するらしい。

 

会社が、一生面倒見てくれる時代は終わった。

 

身につけたスキルでずっと食っていくのも難しそう。

 

そもそも、その職業ってずっとあるの?

 

会社帰りに「飲みにケーション」にいそしむより、それが何であれ未来につながる活動をするのは良いと思うのですが、どうでしょう?

 

本業の他に副業を持つのは、来るべき時代に備えてのリスクヘッジ(危険回避)だと思うのです。

 

今どきは、副業を「復業」とも言い、2つどころか、3つでも収入源を持つ方がいいとされているのです。

 

 

 

 

そのブログはこうも言った。

 

「君の周りで、ブログで10万円稼いでいる奴はいるかい?」

 

僕の周りにはいない。

 

でも……。

 

それを言うなら、

 

プロ野球の選手もいない。

 

Jリーガーもいない。

 

オリンピックの選手もいない。

 

俳優もいない。

 

歌手もいない。

 

YouTuberもいない。

 

尾田栄一郎もいない。

 

あ、でも元プロレスラーならいた。

 

劇団四季の俳優も、知人の知人くらいの距離には……。

 

 

 

それでも、それらを目指して、頑張っている人はいる。

 

そんな彼らを、僕は応援しています。

 

 

ある男性が死んだ。

 

天国へ向かう途中、彼は人生を振り返る。

 

「俺は頑張ってきた」

 

胸を張ってそう言える。

 

だから、目の前に神が現れたときも、堂々としていられた。

 

そんな彼に、神は問う。

 

「あなたは、人生を楽しんできたか?」

 

彼は絶句した。

 

 

小林正観さんの話」より

 

 

 確認してきたわけではないので、これが真実かどうかを確かめる術はない。

 

でも、僕はこの話が大好きです。

 

 

 

せっかく書いた記事なのだから、皆に読んでもらいたいのは当然のこと。

 

そのためにSEO対策に走ってもいいと思う。

 

金目当てでもいいと思う。

 

 

 

「自分の人生」という名の物語を、思う存分に楽しみましょうよ。

 

 

 

そして誰もいなくなった

 

小学生の頃に小説を読み始めた僕の好みは、歴史もの。

 

特に、中国が好きでした。

 

が……。

 

ある日、ふと違うジャンルが読みたくなり、推理ものに手を出すことに。

 

たまたま手に取ったのが、アガサ・クリスティの作品。

 

その代表作にして、彼女自身もお気に入り作品10作の一つに挙げている。

 

それは、「そして誰もいなくなった」です。

 

 

あらすじ

 

ある孤島に8人の男女が、招待された。

 

年齢も職業も、全く異なる者たちだ。

 

そして出迎えたのが、2人の召使い。

 

その計10人が、この作品の登場人物。

 

 

 

晩餐のとき、彼らの過去の罪を告発する謎の声が、蓄音機から流された。

 

その直後、第一の殺人が起こる。

 

 

彼らはこの島から逃げ出したいが、迎えの船は来ない。

 

 

その後、次々と死んでいく。

 

未だ姿を見せない11人目がいるのだろうか?

 

いや、自分らの中に殺人鬼はいるのだ。

 

そう確信するものの、誰かはわからない。

 

疑心暗鬼の中、3人にまで数を減らす彼ら。

 

誰が犯人?

 

次は自分?

 

さらに2人が死に、ついに生き残りは1人となる。

 

通常では彼が、この連続殺人事件の犯人なのだが。

 

……彼もまた殺人鬼ではなかった。

 

そして、彼も精神的に追いつめられ、自ら死を選ぶ。

 

 

10人のインディアン

 

 

10人のインディアンの少年が、食事に出かけた。

 

1人が喉を詰まらせて、9人になった。

 

 

9人のインディアンの少年が、遅くまで起きていた。

 

1人が寝過ごして、8人になった。

 

 

8人のインディアンの少年が、デヴォンを旅していた。

 

1人がそこに残って、7人になった。

 

 

7人のインディアンの少年が、薪を割っていた。

 

1人が自分を真っ二つに割って、6人になった。

 

 

6人のインディアンの少年が、蜂の巣にいたずらをしていた。

 

蜂が1人を刺して、5人になった。

 

 

5人のインディアンの少年が、訴訟を起こした。

 

1人が裁判所に行って、4人になった。

 

 

4人のインディアンの少年が、海に出かけた。

 

1人が燻製のニシンに飲まれ、3人になった。

 

 

3人のインディアンの少年が、動物園を歩いていた。

 

大熊が一人を抱きしめ、2人になった。

 

 

2人のインディアンの少年が、日向に向かった。

 

1人が陽に焼かれ、1人になった。

 

 

1人のインディアンの少年は、独りぼっちで暮していた。

 

彼が結婚をし、そして誰もいなくなった

 

 

「10人のインディアン」 マザーグースの動揺より

 

 

 

この作品で重要になるのが、上記の歌詞。

 

これになぞらえて、続けられる殺人。

 

ちなみに、最後の1人は別の終わり方があり、アガサ・クリスティはそちらを採用。

 

 

1人のインディアンの少年が、取り残された。

 

彼が首をくくり、後には誰もいなくなった。

 

 

 

「インディアン」は差別用語であるとして、近年では、「10人の子どもの兵隊」と改編されている物もあるそうです。

 

ご注意を。

 

 

その衝撃ときたら、もう

 

 

登場人物が全員いなくなるなんてあり得ないでしょう。

 

あり得ない、と読者に思わせたる。

 

そして、それをちゃんと納得のいく形で終わらせる。

 

そんな作品を世に出せたら、と羨ましくなります。

 

最高に、衝撃を受けた作品でした。