思考のよせなべ

清水喜文ブログ

肉体は借り物

  

例えば……。

肉体が車だとして、魂がドライバーだとする。

 

魂は、どういう基準でかはわからないが、車を選ぶ。

ちょうど、レンターカー屋さんで車を借りるかのように、現世での乗り物を借りる。

当然ながら、車は様々な種類があるために、その性能も個々で違う。

だが、ドライバーは車を途中でチェンジはできないから、最後まで乗り続けなければならない。

 

高速道路とかで、スポーツカーが軽トラを煽っているのを見た事がある。

アクセルを軽く踏むだけで加速するスポーツカーとは違い、軽トラはベタ踏み状態でも、かなり遅い。

不公平だけど、現世の乗り物の基本性能が初めから違う。

だから、何度もドライバーは生まれ変わって、その都度、車を替えるのだと思う。

現在、軽トラの者は来世ではスポーツカーかもしれないし、また逆も然り。

ダンプの運ちゃんは、次は高級車かもしれない。

ミキサー車の者は、オープンカーに乗れるかもしれない。

 

でも、なぜそんなことをする必要があるのだろう?

 

ひとつ浮かぶのは、様々な車を経験するため。 

スポーツカーで調子に乗っていた兄ちゃんは、一度、トラックに乗ってみるといい。

高速道路の合流で疲れるし、坂道なんか見る間に減速していくから。

スポーツカーなら簡単にできたことが結構大変なことに気づくはず。

 

様々な車種を経験していると、違うタイプの車の気持ちが分かるようになる。

だから、優しくできるし、守ってあげようとも思える。

さらに、この次にスポーツカーの番が回ってきたら、遅い車を馬鹿にすることもなく、ただ黙々と己の運転技術を磨こうとするはず。

そして初めて、イチローみたいな一流が生まれるのだと思う。

 

でも、せっかく与えられた性能を生かすことなく終わる者が多い。

ダンプはダンプなりの、バスはバスなりの得意分野があるはずなのに、違う車種の性能ばかり見ている。

学ぶべきはモラルで、磨くべきは技術なのに。

 

様々な車の運転技術をマスターして、思いやり運転もできる様になったら、そこでやっと本当の運転免許証が貰えるのかもしれない。

ふと、そんな事を思った暑い日です。

 

弱さを見せられる人は、強い

 

 

人は不思議だ。

愛されたければ、先に相手を愛すればいい。

尊敬されたければ、先に相手を尊敬すればいい。

信頼されたければ、先に相手を信頼すればいい。

心を開いてもらいたければ、先に心を開けばいい。

友達になりたければ、先に君はかけがえのない存在だよと言えばいい。

ただそれだけなのに、つい、先に相手に期待してしまう。

プライドがあるのか。

傷つきたくないのか。

 

人は弱い。

だからつい鎧を着てしまう。

でも…。

だからこそ…。

少しずつ、裸の自分を見せられるようになろうと思う。

弱さを見せられる人は、強い。

 

ただなんとなく、浮かんだ言葉たちです。